新橋

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打ち合わせで新橋。
駅から五分ほどのホテルの中にあるレストランで昼飯を食べながらの打ち合わせだ。さすが東京。スタイルのいい美人が多い。みとれてしまう。
時間より早くレストランに行ったのだがもう出版社の女社長は来ていた。あとはインタビューする相手と秘書の人が来る。この四人、私の中でベストファミリーになっている。赤の他人なのだけれど、三時間があっという間に過ぎる。そのまま雑談に移り談笑しても飽きない珍しい人たちだ。物知りだしユーモアはあるし、優しいから毎週でも会いたい。仕事が終わったら会えなくなるのが寂しい。みんな忙しい人たちだから、用事もないのにランチに誘うことはできない。
この仕事が終わっても女社長と会う方法がある。それは私にまた仕事をくれることだ。
ツキに願うのみだ。努力は才能に勝てず、才能はツキに勝てないという。私は麻雀でもツキのみだから大丈夫かもしれない。

女社長、再び仕事をください。

 


釘師

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23才の時、気に入って行っていた喫茶店があった。本を読んだり、日記を書いて過ごすのが好きだった。ある日、「パチに来てる人ですよね」と40代の厳つい人に優しく声をかけられた。
「はい、、」確かに私は小学生の時からおじいちゃんについて行ってたもので、遺伝子をしっかり受けついでギャンブル大好き大人になっていた。でもシナリオの学校に通い始めたばかりでお金もないからパチは千円しか使わなかった。
「私はあの店の釘師です」とその人は言った。「すごいですね」と私は言ってしまった。私が出来なさそうな仕事をしている人はみんなすごいと思ってしまう。
それからもちょくちょくその喫茶店で出くわすようになった。その人は喫茶店のマスターに四郎さんと呼ばれていた。四郎さんはちょっと日本語がたどたどしかった。「わかってると思いますが、私は向こうの人間です」四郎さんはそう言った。密航してきたのだという。喫茶店のマスターは叔父さんなのだそう。日本語はどのようにして覚えたのですか、と聞くと「ラジオを聞いて夢中で覚えました」電波は向こうの国にも届くらしい。近くの焼き肉店も教えてくれて私は初めてカルビとビビンバを食べた。美味しかった。焼き肉店の店主も優しい人で「息子は同志社大学で学んでます」と嬉しそうに話ていた。
ある日四郎さんは真面目な顔で私に言った。
「貴女はパチをするような人じゃない。どう考えても違う、、やめた方がいい」と言うので、つい「はい、そのうち、やめます」そう言ってしまった。
それから1年後四郎さんはパチの社長とケンカして東京に行ってしまった。
喫茶店もいつの間にか閉まった。
四郎さんはどうしているだろう。私はパチは約束通りやめましたが、スロットは少し。ごめんなさい、、、。


運動

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仕事しなきゃと強く思いながら、いや運動が先、とゴルフの練習場に来ている。
やはり体を動かすのはいい。卓球もバッティングも好きなのにゴルフボールは止まっているので難しい。渋野選手はいいなあ、あんなにうまくて。100、いつになったら切れるのだろう。



馬里邑れいの本

馬里邑れいのオフィシャルブログ。馬里邑れいのプロフィールと日記、馬里邑れいによるオリジナル小説の投稿など。

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