自分考

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シナリオを書くために先生について勉強をしていた二十代。研修科まで進んだのは二十名ぐらいで、思い込み派と才能あり派が五分五分の人数だった。
才能あり派はやがてテレビのシナリオを書けるようになったが、私は恩師の「あなたはシナリオより小説家向きだ。小説を書きなさい」の一言でそちらに向いてしまったが、失敗だったかもしれない。シナリオの方が原稿料がはるかにいいのだもの。マンガのシナリオを何本か書いたが、余りの原稿料のよさにびっくりした。小説家は生活するのに苦労する。でも、あの頃の才能あり派はほぼ消えた。テレビの世界も大変みたいだ。だけど何故かみんな財閥の子女、子息で、収入がなくても贅沢して暮らせるだけの財産があるのだ。いいなあー。と思うが彼女、彼らは幸せじゃないと言って暗く難しい表情をしている。会うと、必ず「れいさんが羨ましい。明るくて」と本気で言う。使いきれないほどのお金があるのは物書きにとって悲しいことなのだろうか、と不思議に思う。あなたは一緒に学んだ生徒と極端に違う、と仲間によく言われた。恩師にも「あなたほどわからない人に会ったのは初めてだ。単純で素直で明るい人は物書きに向かないのに、誰よりも作品を書いてきた。それに、あなたは優しい。それとも人に読ませない暗く深い影もあるのだろうか。そうだとしたら貴方は天才かも知れない。どういう感性なのか誰にも読めないのだから」と真面目に言われた。
なんだかとても嬉しかった。で、自己分析してみた。
明るく単純、もあっている。暗く、深くもあっているのだろう。物を書くスイッチが入ると、多分そうなるのだろうと思う。普段は隠しているのではなく、スイッチが入らない限り、単純で明るい。でも、優しい人だ、などとほめられるとこそばゆい。過大評価されても落ちるだけだから。そこそこ優しいだけだ。


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馬里邑れいの本

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